「外注費が年間500万円を超えてきた。これなら社内SEを一人採ったほうが安いのではないか」——中小企業の経営者が一度は通る分岐点です。ただし、人件費の比較は月給だけ並べて済む話ではありません。採用費・教育費・社会保険・設備・離職リスクまで含めて3年で並べると、判断は逆転することも珍しくありません。本記事では、社内SE1名と外注の3年TCOを数字で比較し、向き不向きとハイブリッド型の現実解までを経営判断の軸として整理します。
この記事の結論(3行)
- 年収500-700万の社内SE1名×3年は、採用費・教育費・設備込みで総額2,400-3,100万円規模になる
- 外注に同じ仕事量を依頼した場合の3年TCOは1,800-2,800万円で、中堅製造業A社では社内SE化のほうが200万円高くついた
- 「全部社内」「全部外注」ではなく、社内1名で運用と判断、外注でスポット開発のハイブリッドが中小企業の現実解
なぜ「月給だけ」の比較が経営判断を誤らせるのか
社内SE採用と外注の比較でいちばん多い誤解は、月給40万円の社員と月額60万円の外注を並べて「社内のほうが20万円安い」と判断してしまうパターンです。実際には、月給40万円の社員1名を雇用するために会社が負担している総コストは、給与の1.5〜1.7倍に膨らみます。社会保険料の会社負担、賞与、退職金引当、有給休暇のコスト、福利厚生、PC・ライセンス・席代の設備費——これらをすべて足してはじめて「正社員1名の本当の費用」になります。
比較の出発点を月給ではなくTCO(総保有コスト)に置き直すことが、判断ミスを防ぐ最初の一歩です。
月給40万円の正社員の「本当の年間コスト」
月給40万円、賞与年4ヶ月の社員を1名雇用したときの年間コストを分解すると、額面年収は40万×12+賞与160万で640万円。これに法定福利費(社会保険・労働保険の会社負担分)が約15%上乗せされて96万円、退職金引当・福利厚生が30万円、PC・ライセンス・席代・通信費の設備費が年30-40万円、教育研修費が年20万円ほど発生します。合計すると年間820万円前後。月給40万円の社員1人を抱えるのに、毎月70万円近いコストがかかっている計算です。
外注の月額60万円と並べてみると、見かけの差は逆転します。ここに採用したばかりの社員が即戦力でない期間(最初の6-12ヶ月の習熟コスト)が乗ると、初年度の実質コストはさらに膨らみます。「月給ベースで20万円安い」という判断は、経営者が一番してはいけない比較です。
採用費と離職リスクが見落とされやすい
中小企業の社内SE採用で、もうひとつ見落とされがちなのが採用費と離職リスクです。エンジニアの採用市場は売り手有利が続いており、人材紹介経由の採用では年収の30-35%が手数料として発生します。年収600万円のSEを採用すると、紹介手数料だけで180-210万円。求人媒体掲載・面接工数・条件交渉までを工数換算すると、採用1名あたり総額250-300万円規模になります。
しかも、採用したSEが3年以内に離職する確率は中小企業で30-40%。離職されればその時点で次の採用費がまた発生し、引き継ぎ期間の業務停滞コストが乗ります。外注なら契約終了で関係を解除できるリスクが、社内化することで企業側に蓄積されるわけです。
社内SE1名×3年 vs 外注の3年TCO比較表
ここまでの要素を整理して、社内SE1名(年収500-700万円帯)×3年と、外注に同等の仕事量を依頼した場合の3年TCOを並べてみます。下表は中堅製造業を想定した一般的なレンジで、自社の状況に合わせて微調整して読んでください。比較項目を抜け漏れなく洗い出すという観点で 業務改善・システム見積もりAI適正診断 を使うと、自社固有の条件を反映した数字に置き換えやすくなります。
| 費用項目 | 社内SE1名×3年 | 外注(同等の仕事量)×3年 | |---|---|---| | 給与・賞与(額面) | 1,800-2,100万円 | — | | 法定福利費(会社負担分) | 270-315万円 | — | | 退職金引当・福利厚生 | 90-120万円 | — | | 設備費(PC・ライセンス・席代) | 90-120万円 | 0円 | | 教育・研修費 | 60-90万円 | 0円 | | 採用費(紹介手数料・工数) | 250-300万円 | 0円 | | 外注費(運用保守+小規模開発) | 0-200万円(補完分) | 1,500-2,400万円 | | 中規模スポット開発(年1回想定) | — | 300-400万円 | | 3年TCO合計 | 約2,560-3,245万円 | 約1,800-2,800万円 |
数字だけ見れば外注のほうが安く見えますが、ここに「経営者の意思決定スピード」「業務理解の深さ」「ベンダーロックインの回避」といった金額に出ない要素を載せ替えると、評価軸は変わります。社内SEがいることで「すぐ手が動かせる」体制を作れる価値は確かに存在し、それが年200-300万円分の価値を生むなら、TCO差は実質トントンになります。
逆に、社内SEを抱えても活躍させる業務量が会社側にない場合、その人件費はそのまま固定費の負担として残ります。中堅製造業A社のケースでは、業務量を再棚卸しした結果「社内SEに任せたい仕事は年間で500時間程度しかなく、外注のままが妥当」と判断され、3年で200万円ほど社内化のほうが高くつく試算になりました。
向き不向きとハイブリッド型の現実解
コスト比較で結論を急ぐ前に、もうひとつ大事な軸があります。「同じ仕事量」をどちらに割り振っても等価ではない、ということです。社内SEに向く業務と外注に向く業務は性質がはっきり違っており、ここを見誤ると「採用したのに業務効率が上がらない」「外注に任せたら業務理解が浅くて使えない」という事故が起きます。
社内SEに向く業務、外注に向く業務
社内SEが本当に価値を発揮するのは、業務理解の深さと意思決定スピードが効く領域です。現場の困りごとを聞きながら週単位で小さな改善を回す業務、ベンダー数社の見積もりを横並びで評価して経営に推薦する業務、SaaS設定やID管理など日常的に発生する運用業務。これらは「外に出すと毎回打ち合わせが必要になる」性質があり、社内に持つことで圧倒的に速く回ります。
逆に外注が本領を発揮するのは、立ち上がりが重い大型開発、複数の専門スキルを束ねないと進まない領域、納期が読みづらく工数の波が激しい業務です。中規模システムの新規開発、業務システムの全面リプレイス——これらは社内SE1名で処理しきれず、結局外部の力が必要になります。判断軸は3つに集約できます。
- その業務は週単位で発生するか、年単位で発生するか
- 会社固有の知識が必須か、汎用スキルで足りるか
- 求められる意思決定スピードは外注の打ち合わせサイクルで間に合うか
週単位・固有知識・即断必要のいずれかなら社内SE、年単位・汎用スキル・打ち合わせサイクルで間に合うなら外注、というのが現実的な振り分けです。
ハイブリッド型(社内1名+外注スポット)の構造
ここまで読んで「全部社内」「全部外注」のどちらにも踏み切れないと感じた経営者は、まさに正解です。中小企業の現実解は、社内SE1名で運用と判断を担当させ、新規開発や専門領域はスポットで外注するハイブリッド型である場合がほとんどです。
ハイブリッド型のコスト構造は、社内SE1名の年間TCO(採用初年度を均すと年800-1,000万円)に、年間300-500万円の外注費を足した年間1,100-1,500万円が現実的なレンジ。3年で3,300-4,500万円です。社内のみより上振れますが、外注のみより安定し、業務理解の蓄積と外部の専門性をどちらも取れます。
ハイブリッド型を成立させる3つの条件
ハイブリッド型は理想形である一方、形だけ真似ると「社内SEが暇」「外注に丸投げ」のどちらかに傾きます。成立条件は次の3つです。
- 社内SEの業務範囲を「運用+小規模改善+ベンダー管理」に明確化する
- 年1-2回の中規模開発は最初から外注予算として確保しておく
- 社内SEに「全部内製する」のではなく「外を使いこなす」役割を負わせる
外注費が年間400-500万円を超え始め、かつ社内に「ベンダーとのやり取りを翻訳できる人材が不在」と感じ始めたら、ハイブリッド化を検討するタイミングです。逆に、外注費が年200-300万円以下なら、無理に社内SEを置かず外注継続のほうが3年TCOで安く済みます。
経営者目線で考える「内製化の正しい順番」
ここで一度、技術論ではなく経営の話に立ち戻ります。「社内SEを採用すべきか」という問いは、本当はもう一段手前の問い——「自社のシステム運用のどこを内側に持ち、どこを外に出すか」——を先に解いていないと答えられません。
中小企業のIT投資でよく見る失敗は、外注費の高さに耐えかねて「とりあえず社内SEを採用しよう」と決め、入社後に「で、何を任せようか」と慌てて業務を切り出すパターンです。これは順番が逆で、内製化する業務範囲を先に決めてから、その業務に合う人材像を採用するのが本筋です。順番を逆にすると、採用した人材のスキルと任せたい業務がミスマッチを起こし、双方が不幸になります。
業界一般論として「内製化は良いこと」とされがちですが、経営者の視点ではむしろ「内製化は固定費化」です。固定費を増やす意思決定は、変動費(外注費)を減らす効果と差し引きで黒字になる根拠が必要です。外注費が年800万円かかっていて、社内SE1名×TCO850万円で内製化しても、ほぼトントン。差額の50万円分以上の「経営価値」(意思決定スピード・業務改善頻度)が生まれない限り、内製化は単なる固定費の付け替えに終わります。
内製化判断で経営者が握っておくべきは、3つだけです。第一に、現在の外注費の内訳(運用/開発/緊急対応)を金額ベースで把握していること。第二に、内製化したい業務の「年間時間量」を見積もっていること。第三に、社内SE採用後の3年計画(任せる業務・育成・離職時のリカバリー)を紙1枚で書けること。この3つが手元に揃わないうちに採用に動くのは、勘で固定費を増やす行為です。
ぷらすわんの実例:ある中堅製造業A社の場合
弊社が支援した中堅製造業A社(年商8億・従業員45名)のケースを共有します。この会社は数年前から複数の外注先にシステム業務を依頼しており、外注費が年間720万円まで膨らんでいました。経営者は「これなら社内SEを採ったほうが安いはずだ」と判断し、年収600万円のSEを採用する方向で動き出していました。
そこで弊社が依頼を受けて行ったのは、まず「どの業務にいくら払っているか」の棚卸しでした。720万円の内訳は、定常運用が年180万円、新規開発が年380万円、緊急対応とSaaS設定が年160万円。社内SE1名を採用した場合の3年TCOを試算すると約2,750万円、ハイブリッド型なら3,900万円、外注継続なら2,160万円という3パターンの数字が並びました。
経営者と何度か議論したうえで、A社が選んだのは「外注継続+社内に窓口担当を1名育成(既存社員から)」という第4の道でした。社内SEを新規採用するのではなく、業務理解のある既存社員に外注管理スキルを身につけてもらうことで、固定費を上げずに意思決定スピードだけを取りに行く構造です。結果、3年後の総コストは外注継続のみより約60万円増に収まり、現場改善のスピードは2倍に上がりました。
このケースから学べるのは、「社内SEか外注か」の二択で議論を閉じない経営判断の重要性です。手元のシステム費用を 診断する ことで、A社のように「採用が必要そうに見えて、実は窓口担当の育成で十分」というケースが浮かび上がることがあります。
採用判断に踏み切る前にやるべき3つのステップ
社内SE採用を検討している経営者に、最後にお伝えしたい3つの実践ステップです。順番が大事で、上から1つずつ確認しないと、感覚で固定費を増やす意思決定になりやすいです。
- 外注費の内訳を運用・開発・緊急対応の3カテゴリで棚卸しする
- 社内SE採用後の3年計画を紙1枚に書き起こす
- ハイブリッド型と外注継続の3年TCOを並べてから判断する
外注費の内訳を3カテゴリで棚卸しする
総額だけ見ていると判断を誤ります。外注費を「定常運用(毎月発生)」「新規開発(年1-2回のスポット)」「緊急対応・SaaS設定(不定期)」の3カテゴリに分けて、それぞれ年間いくらかを把握します。定常運用が多いなら社内SE化の効果が出やすく、新規開発が多いなら外注継続のほうが向く——という判断が、ここで初めてできるようになります。
社内SE採用後の3年計画を紙1枚に書く
採用判断は、3年後の状態を紙1枚で説明できるかどうかで品質が決まります。1年目に任せる業務、2年目に拡張する役割、3年目の評価基準、離職した場合のリカバリー策。この4項目を1枚に書けるなら採用に進む、書けないなら採用は早い、と決めておくと判断ミスを大幅に減らせます。
ハイブリッド型と外注継続の3年TCOを並べる
社内SE採用と外注継続の二択ではなく、必ずハイブリッド型を含む3パターンを並べて比較します。3つの数字を経営会議のテーブルに載せて議論したうえで、もし社内採用が「金額では負けても経営価値で勝つ」と判断できるなら踏み切る、判断できないなら見送る、という意思決定ができます。他社の見積もりや外注費の妥当性に迷いがあるなら、現在の支出を 業務改善・システム見積もりAI適正診断 で整理してから次のステップに進むのが安全です。
まとめ
社内SE採用と外注の比較は、月給ベースで並べるのではなく、採用費・教育費・設備費・社会保険まで含めた3年TCOで判断するのが正解です。年収500-700万円の社内SE1名×3年は総額2,400-3,100万円、同じ仕事量の外注なら1,800-2,800万円という規模感を頭に入れたうえで、自社の業務量・業務種類・経営価値を載せ替えて判断する必要があります。
そのうえで、中小企業の現実解は「全部社内」でも「全部外注」でもなく、社内1名で運用と判断を担い、新規開発はスポットで外注するハイブリッド型である場合がほとんどです。順番として、まず外注費の内訳を棚卸しし、紙1枚に3年計画を書き、3パターンのTCOを並べる——ここまでやってから採用判断に進めば、勘で固定費を増やす失敗は避けられます。手元の外注費に「これは妥当か」という迷いがあるなら、現状の支出を 診断する ことで、採用判断より先にやるべきことが見えてきます。